2012年11月05日

いじめと文部大臣

「東京が威張ると日本は大凶」
解説;憲法改正問題。:
ちょこっと憲法は今日もあります。第5回め

 この本を書き始めたのは政治がおかしいと思ったから。
政治が大変なところへ行きそうなので慌てて書いた。やはり政治と政治家がおかしい。

本日は、その点についての画像を作ったので見て欲しい。
東京39 大臣大丈夫?1_001.jpg

この画像を見れば、日本の政治家が何を大切にしているかがわかる。

東京39 大臣大丈夫?2_002.jpg

 この2枚の画像を見れば政治のおかしさが一目両全である。

 田中真紀子氏が文部大臣になる少し前、日本は「大津のいじめ問題で揺れていた。就任した田中真紀子氏がいじめについて、どのような見解を持っているのか興味があった。・・・・しかし、いじめについては一言も語られなかった。

 田中真紀子氏が文部大臣に就任するや否や、いきなり、山中氏がノーベル賞を受賞した。

田中真紀子氏は大喜び。山中氏に
研究費300億円を出すことを大臣裁量(個人の独断)で決定。しかも洗濯機をプレゼントすることを閣議決定とやらで話し合ったそうだ。

ええつ!そんなことができるの?

できるんです。」

信じられないようなことが起きている。

その舌の根も乾かぬうちに今度は大学問題。
「三大学の新設は認めない。」

大学の新設については詳しくは知らないが、勝手には作れないはず。
何年も前から国や役所と相談しながら決めていく、というのがそのやり方のはず。

3大学も何度も国や役所に出向き、やっと新設の運びとなったはずである。

新しい学校には新しい教授(先生)たちが準備され、すでに働き始めている人々もいるかもしれない。学生の入学も決まり、いよいよこれからというときに
鶴の一声
「新設は認めません。」一体これは何???

これも大臣の裁量権の一部(個人の独断)だとか。

思い起こせば似たようなことが政治の世界で最近よく起きている。


民主党が政権とってすぐのころ。前原国土交通相が、すでに工事着工となっていたダム工事を仕訳とやらで白紙に戻した。確かにダムはあまり推奨したくない私だが、あの段階で白紙に戻すのは異常事態だと思った。ところが、またまた突然、ダム着工となった。
ダム建設に揺れていた町は、二度も三度も一人の大臣の勝手な行動に振り回されることになった。

これは国政ではないが、大阪府の高速道路建設のとき、その用地に幼稚園児が芋ほりを楽しみにしていた畑があった。

「もう少しで収穫できる。それまで待ってくれ。」

ところが無情にも芋畑は収穫を目前に破壊されつくした。

これこそ、当時の橋本府知事の裁量権をもってすれば、いましばらくの猶予を与えられなかったのだろうか??知事自らが率先して、泣き叫ぶ園児の夢を滅多切りした。反対する府民と府知事の両者のパフォーマンスのためという評もあったが、両者の対立のパフォーマンスの板挟みで結局園児の心は傷ついた。


収穫を目前にした園児の芋畑。府知事の命令一本でその夢を壊す大阪府の職員たち。良くそんなことができたものだ。今の世の中、なんかおかしさ感じる。

また東京の石原知事
尖閣は東京が買うべきだ」などと一地方自治の長である都知事が国政に口をはさみ、とうとう野田首相が尖閣を買い取るという事件にまで発展した。このことは近隣の諸外国との火種となり、今も国民に不安を与えている。この時も野田首相の裁量(独断)。国会は開かれていない。

今も、放射能を垂れ流している原発に至っては、誰も及び腰で結論を先送りしている。大臣の裁量は使えないのか?いまだに放射能を振りまいている。

地球は丸い。そのうちに
世界中が放射能で埋まる日も近いかもしれない。それに気づいた諸外国から、勝手な国日本とバッシングが来るだろう。

ある時は裁量(独断)権。ある時は合議制。

どうでもよいことには積極的に裁量権(独断を発揮して、重要なことは合議制で先延ばし。なかなか決まりません。と申し開きする政治家たち。今こそ決断というときになると誰もが結論の先送りを決め込む。

数え上げればきりがない。

今度も予算編成のことで与党と野党が対立地方自治に予算が下りないという事態を招いた地方自治は銀行から借金をする始末。前代未聞。そんな中で政治家たちはというと自分たちの給料と政党助成金はしっかりもらって、一番の関心事は「自分たちの選挙のこと」と来ている。

こんな時こそ、政治家は一致団結して、その英知??を出し合って、良い方法を見出して行くべきであるのに。まるで子供のけんか。いや、いじめである。

こんな議員たちが、
国難だ、憲法改正だと言っているのだから、この人達の言うことを聞くととんでもないことになることは見えている。

今こそ冷静になって、しっかり判断しよう。

ついでに、こんな勝手三昧ができるのも、自分たち以外の新しく、国民側から政治家が立候補しても通らないと高をくくっている(実際そうである)からこんな傍若無人ができるのである。


田中真紀子氏はじめ日本の政治は今やいじめの構図となっている。

そうか!、だから田中真紀子氏は滋賀県のいじめの問題に言及しなかったのだ。

自分たち政治家自体がいじめを行っている。

ノーベル賞(世界向きの顔)と田舎の大学(自分の評にもお金にもならない。だから踏み潰してよい)

高速道路建設と反対者。

予算は与党と野党の駆け引き
もうこれなら中央の政治家はいらない

いじめそのものを実際政治においてやっているのだから
「いじめなんて、なくならない。」

田中真紀子氏、そのものがいじめを行っているのだから。学校においていじめはなくなるはずがない。

今、いじめられている子供たち、いや、大人もいるだろう。
いじめをどうにかしてほしいなんて国に頼っても、無駄なのだ。

こうなったら自分たちで頑張るしかない(ちなみに私でよければいつでも力を貸します。私も同じ、(いじめられた体験者だから。)

東京 憲法5−1_008.jpg

憲法第4条には天皇ができることとできないことが書いてある

天皇ができるのは第3条の国事行為(儀式)のみ

政治はしてはならない


東京 憲法5−2_009.jpg

posted by 東京92 at 03:22| Comment(155) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする