2012年11月13日

ミスター日教組槙枝は北朝鮮崇拝

東京が威張ると日本は大凶(憲法改正問題)
著者:犬丸勝子・イヌマルミツカ/国家問題研究所


本日も「東京が威張ると日本は大凶」の本から離れています。だけど、とても大切なことなのでここで解説します。

「ミスター日教組、槙枝元文」のことを知ってますか?

槙枝元文は

「北朝鮮崇拝者」だったのです。

私は驚きました。
もしかして、知らなかったのは私だけだったのでしょうか?私のように知らない人も多いと思うので、再確認の意味で書きます。

東京が威張ると日本は大凶

そんなに悪い人じゃない。と思っている人がいたらその人に槙枝元文の考え方を聞いてほしいい。

槙枝 元文(まきえだ もとふみ、
1921年3月4日 - 2010年12月4日)は、日本教育者労働運動家。元日本教職員組合議長。元日本労働組合総評議会(総評)議長。ミスター日教組という異名を持つ



私は教師になった。しかし、日教組のあり方に疑問をもったために悲惨な教師人生となってしまった。一生の仕事として選んだ教師の道をわずか12年で断念。精神的に追い込まれ、結局、退職という結果になってしまった。今も、どこかでこの時の後遺症を抱えている。

それから随分の年月が経った。そんなある日突然、「憲法改正」と、一部の政治家とマスコミがこぞって、当たり前のように主張し始めた。

 何が何かわからない私は、「ちょっと待ってよ」というという思いで「東京が威張ると日本は大凶」という本を書いた。

さらに、ブログで解説を書いている途中で「ミスター日教組・槙枝元文」のことを知った。
 
 
唖然としてしまった。一般にテレビなどでよく使われる言葉に直すと「ふざけんじゃねえよ」となるのだろう

 戦後60年余り、日本の教育の根幹で舵をとってきた槙枝基文「私が知り得たこの人物の正体」の一部を下記に記す。 

「ミスター日教組槙枝元文」は、なんと

「北朝鮮」崇拝者
だったのだ!

これは噂でも推測でもない。


この槙枝という人物は岡山県生まれ。岡山県立青年学校教員養成所(現:岡山大学教育学部)卒業後、1940年に都窪郡の早島青年学校に教師として赴任。
この時
教え子を

「シベリアなどの戦場に送った
と言われている

また、槙枝自身も1942年から終戦まで召集された。最終経歴は陸軍憲兵中尉(ここでも驚くことには「憲兵」の将校。)


憲兵といえば、確か山本七平氏の本にも書いてあったと思うが「世界中で嫌われた」そうだ。

戦争が終わって南方などの現地で、現地の住民たちから。日本の兵隊を見れば「憲兵」と罵られ、攻撃を受けた。

「自分は憲兵ではない」といくら言ってもわかってもらえななかったというようなことが書いてあった。

槙枝元文は、このような嫌がられる兵隊「憲兵」だったのである。

それが、戦争が終わると復員してすぐに1947昭和22年)

日本教職員組合に加入
し、

それからトントン拍子。
「ミスター日教組」の人生。

この昭和22年といえば、東京裁判継続中

ちょっと前まで
「天皇のために死ね」言っていた人物が


手のひらを返すように「全く逆の生き方」に変わっていた。(そのころGHQは誰でも彼でも戦犯として逮捕していた時。憲兵ということは逮捕の可能性が非常に高かったのではないだろうか?それを恐れていち早くGHQが奨励する日教組に加入したのだろうか?だとすると、全てが信念に基づいた行動ではなく、自分の身の保全のためにのみ生きた人物ではなかろうか?)

ずっと、太平洋戦争の真実を追いかけてきたせいか、「どうしようもなくて戦争に巻き込まれ、死んで行った人たち」や、「戦後どうやって生きていいか分からない人たち」とこの人物を思わず比べてしまう。

こんなにも素早く人生を切り替えることができるということは、ある意味で特殊な能力」かもしれない。

この人物

「単なる戦争を経験した、ただの男」

であったなら問題はなかった。


ところが「教師」になって

「全国の教師を牛耳る」という

地位を手に入れてしまった

その結果、日本の教育はどうなっただろうか?

それが「今、現れている」

「学力低下」、「学校崩壊」、

「いじめ」、
教育を通じた社会問題は数限りなく多い。


 そして、今回の一番驚いたことは、なんとあの
北朝鮮と金主席を尊敬する」、

社会主義崇拝者
だったということである


このような人物が戦後から、最近まで日本の「教育をしていたのである。

これは許されることであろか?

日本国も、社会主義教育を取り入れていますよ。となぜはっきり言わなかったのか?はっきり言うべきだった。

旧社会党出身で今は民主党の幹部で現在日本国の政府の中心人物「興石氏」(日教組出身)を始め、この日教組と共同歩調をとってきた同和教育の関係者もみんな社会主義者なんだろうか?


この北朝鮮崇拝ということが「個人で好き」程度のものなら、いざ知らず、公に北朝鮮の教育を積極的に推進していたというのだ。これを知ったとき「驚き」から「憎しみに変わった」

私たちは騙されていた。

なぜ
「この男は自由自在に北朝鮮教育を

日本で行うことができたのか?」

この人物を自民党(日教組とは対立を装っていた)の中曽根元首相はそれを承知で「中曽根内閣時代」には槙枝日教組委員長を「私的諮問機関」に入れ、とり教育施策を推進した

元中曽根首相なども周知の事実だった。

以下に、槙枝元文が日教組委員長時代の1973年に訪朝した際、北朝鮮人民の生活について述べたことの抜粋を記す。最近、近衛文麿がマルクス経済に傾倒していた事実を知ったが、それとうりふたつである。


「この国は、みんなが労働者であって資本家、搾取者がいない。だから、みんながよく働き生産をあげればあげるほどみんなの財産がふえ、みんなの生活がそれだけ豊かになる・・・
この
共産主義経済理論を徹底的に教育し

学習し自覚的に労働意欲を高めている


またこのころは、労働−生産−生活の体験を通して現実的にも実証されているから国民の間に疑いがない」「生活必需品はべらぼうに安い。ただも同然である。したがって
生活の不安は全くないだからこの国には泥棒がいない。泥棒とは富の片寄ったところに発生する。この国には泥棒の必要がないのである。泥棒も殺人犯もいないから警察官もいない。交通整理や怪我人のために社会安全員が街角に立っているだけ」と北朝鮮の体制を賛美する記述もしている。

自衛隊について、否定し廃止すべきと日頃から主張しているにも関わらず、北朝鮮当局に対し
強い軍隊を率いることは国の自主性を堅持する

うえで欠かせない
こと」「人民のなかにはいって現地指導されている姿などをもっと積極的に共和国は報道すべきではないでしょうか。金正日総書記のすばらしさをアピールしたほうがよいと思います」と進言している。


1991年には、長年に渡る日朝友好親善への貢献により、北朝鮮から国際親善賞1級の勲章を授与されている。

朝鮮による拉致問題が発覚後
20043月に、北朝鮮を支持する団体・朝鮮の自主的平和統一支持日本委員会の議長として、北朝鮮に対する制裁措置への反対表明

と日朝平壌宣言の履行を要望する談話を発表している


(制裁措置に賛成しなくとも、反対するとは行き過ぎ!である。拉致家族の悲しみを考えたことがあるのだろうか?自分が北朝鮮と通じていて勲章までもらう仲であればなおさら、一肌も二肌も脱いで、拉致問題解決に奔走しても良かったのではないか?)

この事実「呆れてものが言えない」

体、日本の教育はなんだったのか?

槙枝日教組委員長が北朝鮮と金主席と社会主義崇拝者だということを十分熟知しながらこの人物に長年「日本の教育を任せてい

一党独裁だった自民党政府!何を考えてのこ

とだったのか?


戦後の日本人は外(外国)からも、うち(日本国)からも洗脳教育によってボロボロにされた。

日教組による洗脳教育は

まさに殺人行為そのものだった。

参考:フリー百科辞典「ウィキーペディア」・槙枝元文・最終更新 2012年5月11日 (金) 17:08


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晩年は日中技能者交流センター会長及び朝鮮の自主的平和統一支持日本委員会議長を務めていた。

2010年12月4日、肺炎のため東京都内の病院で死去。89歳没


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日本国憲法
第三章「国民の権利及び義務」
第12条「自由及び権利の保持義務と公共福祉性」

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用(らんよう)してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。

ポイント
「公共の福祉」とは
人権相互の矛盾を調整をするために認められる実質的衡平の原理」として考えられている(一元的内在制約説)。

すなわち、人権同士が競合する場合には、当然にそれらの調整が図られねばならない、という当然ともいうべきことのみを規定していると理解する


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posted by 東京92 at 01:45| Comment(9) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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